NFTを活用して既存事業を拡大することはできるのか?
近年、NFTを活用した既存事業の拡大事例が次々と登場し始めており、自社でも何かできるのではないかと考える企業が増えています。
しかし、Web3やNFTを活用したビジネスには思想やビジネスモデルが既存のビジネスとは全く異なる部分があり、誤った設計や運営によって思わぬ反感を買ってしまうことがあります。
このような象徴的な出来事が、スターバックスの成功とポルシェの失敗です。
スターバックスとポルシェは共に世界的に有名なブランドであり、NFTプロジェクト開始も同時期であったにも関わらずスターバックスは高い評価を受け、ポルシェは酷評される結果となりました。
なぜ、このような結果になったのでしょうか?
この原因を解明することが、NFTプロジェクトの真の理解につながります。
本記事では、スターバックスとポルシェの結果の差について解説しつつ、NFTで既存事業を拡大するために必要な考え方を紹介します。
本記事で分かること
・スターバックスとポルシェの明暗を分けたものは何だったのか
・顧客はどのようなNFTプロジェクトを好むのか
・NFTを事業に組み込むことで、どのような発展性があるのか
・これからNFTプロジェクトを企画する場合の発想の切り口
この記事の目次
スターバックスとポルシェのNFTプロジェクト事例
まず、スターバックスとポルシェのNFTプロジェクトの内容と、それに対するユーザーの反応を解説します。
企業名 | プロジェクト名 | 概要 |
---|---|---|
スターバックス | Starbucks Odyssey | 既存の会員プログラムの拡張機能 |
ポルシェ | PORSCHΞ 911 | コレクティブルNFT |
スターバックス(Starbucks Odyssey)の事例
Starbucks Odysseyは、NFTの活用により既存の会員制度「Starbucks Rewards※」を拡張するサービスです。
会員は「ジャーニー」と呼ばれるクエストを達成することでNFTスタンプを獲得し、スタンプの数に応じて特典や体験を受け取ることができます。(NFTスタンプは売買も可能)
※商品を購入してポイントを獲得したり、モバイルオーダーなどのサービスが利用できる。
GM. #Odyssey frens. #Starbucks
Secured the Signature Showdown Stamp NFT yesterday during the ongoing #StarbucksOdyssey Beta. pic.twitter.com/kwTXVifO1B— sk369.eth (@StepheneKlein) April 4, 2023
特典については執筆時点では正確な情報は公開されていませんが、スターバックスはStarbucks Odysseyを通じて「他では得られない没入型のコーヒー体験を提供すること」を謳っています。
価格と発行枚数の設定が秀逸
Starbucks Odysseyは、2023年3月9日に最初のNFTコレクション「The Siren Collection」を$100、2000個で販売。
その結果、販売開始20分で完売。フロア価格が高騰し、話題となりました。(本記事執筆時点では$520(0.25 ETH))
また、わずか2000人しか購入できなかったという限定感はすさまじく、X(旧Twitter)上ではNFT購入やスタンプ獲得や店舗でのドリンク購入の報告が飛び交いました。
I just earned my first stamp in @Starbucks Odyssey and I couldn’t be more proud and excited!
Also I’m sitting in my local #Starbucks celebrating. #StarbucksOdyssey #NFT #Polygon @0xPolygon @PolygonAlliance pic.twitter.com/GiQAmSQ1zL
— DiKayo | dikayo.eth ♠️❤️♣️♦️ (@dikayodata) February 27, 2023
Starbucks Odysseyで初めてスタンプを獲得しました。これ以上ないほど誇りに思い、興奮しています! |
今後、別シリーズのNFTを発行していくことが予想されますが、こうした段階的なNFT発行による限定感の演出は、UGC(User Generated Contents)の生成に非常に効果的であることが見て取れます。
実店舗への誘導で新規顧客の獲得にも成功
スターバックスはStarbucks Odassayを通じて実店舗での行動を促すような設計をしており、例えば「Holiday Cheer Journey」では以下のタスクが設定されています。
Holiday Cheer Journey
1. スターバックスのトリビアクイズに全問正解する(何度でも挑戦可能)
2. スターバックスのホリデーカップが発売した年を当てる
3. Starbucks for Life Challengeに応募する(一生分のコーヒーを得られるキャンペーン)
4. Workd Kindness Day(11/13)に「誰かに親切にする」「感謝の言葉を贈る」「思いがけない褒め言葉を贈る」のいずれかをクリアする
5. スターバックスギフトカードを誰かに贈る(金額は不問)
中には「これまでスターバックスを利用していなかったけど、Sturbacks Odysseyを通じてスターバックスに足を運ぶようになった」という報告も上がっており、既存顧客のロイヤリティ向上だけでなく新規顧客獲得にも成功しました。
Was able to collect my 2nd @Starbucks Odyssey Stamp today!
Being someone who strongly disliked Starbucks this has been a really fun experience and has me frequenting the establishments ☕️#Web3 #NFTs #StayBizze #BlockChain #Polygon #StarbucksOdyssey #Crypto pic.twitter.com/jiiYNzgcQN
— TheAspiringNobody (@spiringNobody) January 25, 2023
2つ目のStarbucks Odysseyスタンプを入手できました!スターバックスが大嫌いだった私にとって、これは本当に楽しい経験であり、頻繁に訪問するようになりました。 |
もともとStarbucks Odesseyは、Web3業界に精通するユーザーが増えるとともにスターバックスに興味を示す人が増えることを狙って設計されており、その目論見がうまく当たった形となりました。
スターバックスへのロイヤリティを高める特別な体験の提供
Starbucks Odysseyの特典に関する正確な内容は本記事の執筆時点では公表されていませんが、公式は「スターバックスやコーヒーについて深く知ることができるもの」を提供することと公表しています。
実際に、β版の段階では以下の特典が提供されています。
- コスタリカにあるスターバックスが経営するコーヒー農園への旅
- バーチャルでのコーヒー作り教室への参加
- 限定商品の購入権
こうした活動は、ユーザーが普段意識することがない企業理念やサービスコンセプトについて深く知ってもらえる良い機会であり、顧客ロイヤリティの醸成にはとても効果的です。
一般ユーザーが違和感なく利用できるシステムを開発
Starbucks Odysseyでは、広く一般のユーザーに利用してもらうために、Web3に馴染みのない人でも違和感なく操作できるシステムを長い時間をかけて開発しています。
NFTはクレジットカードでの購入が可能で、さらにNFTの管理はNifty Gatewayというプラットフォームで行えます。
これによりWeb3特有のwallet開設や仮想通貨の購入・交換といった煩雑な手間が必要なくなり、ユーザーはWeb2と同じ感覚で操作できます。
(会員は)ブロックチェーンやNFTとやりとりしていることを認識しないかもしれない
Brady Brewer(StarBucks社 CMO)
ポルシェ(PORSCHΞ 911)の事例
PORSCHΞ 911のNFTは、人気モデル「PORSCHΞ 911」の画像が掲載されたNFTコレクションです。
発売当初は7,500個の販売を想定していましたが、実際の売れ行きは不調で、販売開始後すぐに2次流通価格がオフィシャル価格を$50下回る結果となりました。
運営はこの反応を受け、販売開始からわずか2日で販売中止を宣言しました。
価格設定と発行枚数が不適切
PORSCHΞ 911のNFTが失敗した最大の理由は、NFTの価格と発行枚数の設定にありました。
PORSCHΞ 911 NFTの価格はPORSCHΞ 911にちなんだ0.911 ETHでしたが、NFTバブルが終了した2023年1月の時点では、ユーザーに受け入れられる価格ではありませんでした。
また、発行数が7,500と多かったことで一部のユーザーから「NFT販売で稼ごうとしている」と捉えられ、「ファンをブランドで釣って財布のように扱おうとしている」と評されてしまいました。
ロードマップとユーティリティを明示しなかった
価格が高くてもユーザーが満足するユーティリティが設定されていれば問題ないはずでしたが、ポルシェはユーティリティやロードマップを事前に公開しませんでした。
そもそも、Web3プロジェクトはWeb2と違い、プロダクトができる前からサービスの詳細やロードマップを明示し、マーケティングするのが一般的です。
Web3プロジェクトは、実質的なサービスが提供される前にNFTなどの形でユーザーが「先行投資」をするビジネスモデルになっているため、事前にプロジェクトの思想やサービスについて深く理解してもらう必要があります。
しかしポルシェは何の説明もなくNFT販売を開始してしまったため、ユーザーからは「価値が分からないのに価格だけが高いものを売り始めた」と捉えられ、批判を浴びることとなりました。
ちなみに、ユーティリティが発表されたのは、NFTの販売開始から3日後の1月26日であり(NFT販売中止から1日後)、ユーザーからは「なぜこれを早く公表しなかったのか」とツイートされていました。
You’ve heard us speak a lot about the exciting journey ahead of us. Let’s make it more concrete and shed some light on what we have planned for you over the next couple of months.
A utility thread 🧵
— PORSCHΞ (@eth_porsche) January 25, 2023
PORSCHΞ 911 NFTのユーティリティ
・ポルシェのメンバー(デザイナー、エンジニア、レーシングドライバー、アンバサダーアーティスト、Web3パートナーなど)と交流できる。
・コアチームとのバーチャルワークショップに参加して、投票を通じてPIONΞERの運営方針を決める。
・ファングッズを含む、限定カプセルコレクションの配布。
・NFT化されているポルシェのデザイン変更(15万通りのデザインバリエーションがあり、中にはレアなデザインも含まれる)
・最高のデザインを投票で決定し、選ばれたデザインは実物のポルシェとして製造される。
・ポルシェ製品を体験できるイベントへの参加でき、ポルシェの運営メンバーと話すことができる。
・世界中の様々な都市でポルシェを運転できたり、ポルシェの本拠地への旅が提供される
・パートナーのアーティストがデザインしたNFTをエアドロップ(1個限定)
販売停止発表後にも販売を続行した不審な動き
ポルシェが市場の反応を見て1月25日に販売停止を宣言したことで、フロア価格が高騰しました。
それ自体は良いことですが、問題は、販売停止を宣言した後もオフィシャル購入が可能であったことでした。
オフィシャルストアで引き続き購入できると知った一部のユーザーが積極的に購入し、結果的に160ものNFTを売り切ることに成功しました。
これが意図的なものか事故なのかは分かりませんが、こうした不手際はWeb3ユーザーが強い不信感を抱くポイントであり、さらに評価を下げることとなりました。
NFTプロジェクトの成功と失敗を分ける4つのポイント
スターバックスとポルシェの事例から、NFTプロジェクトの成功と失敗を分けるポイントを整理します。
① NFTだからこそ提供できる価値を設計・提示する
Web2であろうとWeb3であろうと、ビジネスにおいて「顧客への価値提供」は成功の絶対法則です。
有名ブランドのNFTだから売れるのではなく、NFTを持つことで得られる体験にユーザーはお金を払います。
スターバックスはNFTを所有することによって得られる体験を事前に公開していましたが、ポルシェではそれができておらず、実質的にブランド以外の価値が見出されていませんでした。
今はブランドがコミュニティに何かを買ってくれるよう呼びかける前に、ブランドは価値を付加するべきと期待されている。そこからスタートすれば、長期的な信頼構築に向けた正しい関係を始めることができる。
Amanda Cassatt(Serotonin 創業者 兼 CEO)
全ての計画を最初から提示する必要はありませんが、ユーザーが魅力的だと感じるレベルの情報を見極めてNFTセール前に開示することは重要です。
② プロジェクトのスケジュールを明示する
ユーティリティと同等に重要なことは、プロジェクトのスケジュールを明確に示すことです。
NFT購入は、今後のサービス提供や将来の価値上昇に対する先行投資があるため、Web3ユーザーはプロジェクトの進行スケジュールに敏感です。
基本的にスケジュールを明示しないことはユーザーの不信感を生みますし、たとえスケジュールを示したとしても、報告せずにスケジュールを破ったり変更したりすると大きな批判を招くことになります。
ポルシェは、報告なくNFT販売を停止しましたが、これは本来非常に危険な行為です。
NFT販売の停止がNFTの価格上昇につながったため問題にはなりませんでしたが、同様に独断専行で進めたことでユーザーから反感を買ったプロジェクトは数多く存在します。
NFTプロジェクトは、ユーザーの理解を得つつ進めなければ失敗することを十分認識しましょう。
③ 価値に見合った価格設定ができていること
クリプトが冬の時代になり、NFTバブルが終焉を迎える中、ユーザーは現実的な価値評価へと向かっています。
Web2と同様に、価値に見合わない高い価格であれば購入されないのは当然として、Web3ではさらにネガティブな反応へつながる可能性が高いことに注意が必要です。
Web3はもともとWeb2に比べて価値が伝わりにくい側面があり、高額な価格設定は、「ユーザーから金を巻き上げようとしている」と捉えられるリスクがあります。
ポルシェは「PORSCHΞ 911にちなんで」という理由で0.911 ETHという高いオフィシャル価格を設定し、ユーザーの反感を招きました。
最近の傾向として、低価格や無料でNFTを配布したうえで、NFTホルダー向けのサービスを通じて収益化するモデルがユーザーから受け入れられています。
④ NFTを利用するまでのハードルの解消
ユーザーに価値を提供できる設計があり、それを伝達できていたとしても、実際にNFTを購入するまでにはwalletの開設やトークンの購入・交換などの様々なハードルが存在します。
中には、これらの問題を解消できないがために、ユーザーを集めることができないケースもあります。
成功しているNFTプロジェクトはユーザー視点での障害に敏感であり、リリース前に時間をかけてでも、これらの障害を解決することに力を注いでいます。
例えば、スターバックスはWeb3に馴染みのない一般ユーザーを対象としており、NFT購入において分かりづらいポイントを徹底的に排除することに努めています。
このような問題は多くのWeb3プロジェクトで取り上げられるポイントであり、一般ユーザーを対象にする際には、特に重要な検討事項です。
なぜNFTが顧客ロイヤリティ向上のための施策として注目されているのか
そもそも、なぜNFTが顧客ロイヤリティ向上施策として注目されているのでしょうか?
顧客ロイヤリティ向上という視点でNFTをどのように活かせるのかを説明します。